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惠泉塾前史~聞き届けられた母の祈り

2日は木下茂子姉宅で礼拝が行われた。前日に結婚式があったので、家族全員が久しぶりに集まった、という感じだった。それで礼拝に家具職人をしている長男の肇君と長女の鈴木薫さん、福祉施設に勤めるご主人の鈴木保さんが参加された。鈴木夫妻は8年前にお母さんの招きで召団の夏の特別集会に参加されて以来、肇君は8年前に初めて会い、その後ずっとご無沙汰していて、今年9月の横浜オフィスでの礼拝で久しぶりで出会って以来二度目の参加だ。

聖書講話が終わり、参加者が次々に祈り、それも終わり近くになった頃、肇君が「長い間母に心配をかけて申し訳なかった。これから何かで神様の役に立ちたい」と涙ながらに切々たる祈りをした。

初めて横浜で礼拝に出たときは、ただ圧倒され、場違いな所に来た、という思いをしていたようだった。聖餐も遠慮した。そして隣に座っている木下姉に驚いたように「母さんはいつもこんな集会に出ているの」と問いかけたという。

それから、強情っ張りでなかなか人の意見に耳を傾けようとしなかったという肇君が聖書を読みだした。注釈書も買って読んでいるそうだ。それでも分からないから母から借りた札幌キリスト召団の聖書講話テープを4本ばかり聞いたと言っていた。

2度目の礼拝で、いきなり会衆の中で声を出して祈るというのは、大変な勇気が要るものだ。

 

第2巻第49号(1990.12.16)

 

聞き届けられた母の祈り

 

2日はS姉宅で礼拝が行われた。前日に結婚式があったので、家族全員が久しぶりに集まった、という感じだった。それで礼拝に家具職人をしている長男のH君と長女のKさん、福祉施設に勤めるご主人のTさんが参加された。夫妻は8年前にお母さんの招きで召団の夏の特別集会に参加されて以来、H君は8年前に初めて会い、その後ずっとご無沙汰していて、今年9月の横浜オフィスでの礼拝で久しぶりで出会って以来二度目の参加だ。

聖書講話が終わり、参加者が次々に祈り、それも終わり近くになった頃、H君が「長い間母に心配をかけて申し訳なかった。これから何かで神様の役に立ちたい」と涙ながらに切々たる祈りをした。

初めて横浜で礼拝に出たときは、ただ圧倒され、場違いな所に来た、という思いをしていたようだった。聖餐も遠慮した。そして隣に座っているS姉に驚いたように「母さんはいつもこんな集会に出ているの」と問いかけたという。

それから、強情っ張りでなかなか人の意見に耳を傾けようとしなかったというH君が聖書を読みだした。注釈書も買って読んでいるそうだ。それでも分からないから母から借りた札幌キリスト召団の聖書講話テープを4本ばかり聞いたと言っていた。

2度目の礼拝で、いきなり会衆の中で声を出して祈るというのは、大変な勇気が要るものだ。それを大胆に飾り気なく言葉にして祈ったのである。しかもルカ伝第15章の放蕩息子のような「悔い改め」と神への「献身の誓い」を兼ね備えた立派な祈りをしたのである。私は感動した。K姉はそもそも、受験に失敗し何をする当てもなく東京でひとり暮らしていたH君の行く末を案じて、聖書の世界に飛び込んだのだった。彼のために10年近くも天に積まれた母の涙の祈りが、時が満ちて、今、母親の目の前でこんな形で実現しているのだ。K君も感涙していた。M姉も感動し、祈りは忍耐して続ければきっとかなえられるのだ、ということを教えてくれた素晴らしい証しだ、私もあやかりたい、と言われた。

人間は自己愛の塊である。自己弁護できる間は自己を正当化して、決して人の前に頭を下げない。垂れ流しの汚水が地下水を汚染し、自分の生活環境を破壊するように、自己愛という罪は放置していると、いつか巡り巡って自分を苦しめる結果を招来する。しかし、苦しんで追い詰められた者こそ神に近い。人は苦しみの中で自分の弱さに気づかされ、高慢な思いが砕かれて、悔い改めに導かれる。恵まれた環境で自分の力で間に合っている人は却って神から遠い。彼は青春の挫折以来、自分の人生を切り開くのに並々ならぬ苦労をした。だから神の言葉に耳を傾けることになったのだ。