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教会での信仰生活を通して神様に教えられたこと

惠泉我孫子教会 西山幸子

2025年10月19日 主日礼拝証より

1.日本キリスト召団との出会い

私はもともと、千葉県流山市にある平和台めぐみ教会に所属しており30年程通っておりました。そんな中、三男が心の病で倒れてしまい、どうしたらよいのか分からず行き詰まりまっている時に、日本キリスト召団と出会いました。

2020年2月、召団に転会し、召団の真理に従がって生きてゆきたいという思いが与えられました。以前通っていた福音派の教会とは、教えや信仰姿勢が全く異なりましたので、この年齢になり、どう生きていけば良いのだろうかという問題にぶちあたりました。

 

2.召団に転会してから

恵泉我孫子教会に所属しましたが、コロナの流行に伴い、礼拝はオンラインで出席することがほとんどでした。学びはしており、メッセージは聞いていましたが、信仰と生活とが結びつきませんでした。

そんな時、2024年度から赴任した山守謙先生から「教会に来て生活してみませんか」とお誘いを受けました。しかし、それがどんな意味をもっているのかは直ぐには分かりませんでした。また、今まで家で好きなように暮していたので教会での生活には不安があり、「主人は理解してくれるのだろうか」とか、「心を病んでいる息子はどう思うのだろうか」という不安がありました。そのため、その事を持ち出すのには少し時間がかかりました。しかし、「このまま家にいても何も変わることがない」と思い立ち、今年の余市での夏期聖会から帰って来てすぐ、「とにかくやってみよう。神様は家の事を悪いようにはなさらないだろう。」と言い聞かせて飛び込む決意をしました。主人に「教会で生活してみたい」と話すと、意外にもすんなりと「金土日なら良い」という返事をもらい、反対していた息子も「お父さんか良いならいい」という事で決まりました。

 

3.教会で生活してみて

実際に山守先生ご夫妻と清水舜太郎さんと我孫子教会で暮らしてみて、何をするにもまず神様に祈ってから始める事を学び、「全てが神様のため」という姿勢を学びました。食事作りのとき、掃除をするとき、畑作業をするときなど、行動をするときには必ず皆で祈ってから始めます。自分の思いでするのでなく、神様の為にするという思いで行います。自分の思いですぐに行動に移してしまいがちな者でしたので、神様に心を向け祈ってから働くことで、その心持ちの違いにすっきりしたものを感じました。

教会で従順に生活することを通して、神様に対して従順に生きることを訓練させていただいています。例えば、会堂掃除や、畑での白菜の植え付け作業などの奉仕において、言われたとおりに実践していきますが、自分の家庭でのやり方で済まそうとする自分がいることを自覚します。特に、食事を作るときにはっきりと思わされます。食事づくりのときは皆で献立を考えますが、リーダーが全体の指揮をします。ある時はリーダーに野菜の切り方を確認すべきところを自分の考えで切ってしまい、切り方が太かったので、先に炒めていた野菜が焦げてしまったという経験があります。このことは小さなことかもしれませんが、神様より自分の正しさを優先したことの表れかと思わされました。

 

4.これからの決意

家庭ではこのように、立てられた主人に従うということはしてきませんでした。これが難しく、夫に対してはなかなか従うことができず、道半ばですが、しかし、今まで湧いてこなかった、夫の働きへの感謝の思いが沸いてくる自分もおり、初めて感謝のことばを伝えました。「愛し合う関係づくり」、これが神様の私に対して期待している事だと信じ、信仰と生活を一致させて、一枚看板で生きてゆきます。神様の思いを我が思いをして受けとれるように、そして躊躇なく行動していきたいと思っています。

 

(2026年3月15日 主日礼拝証より)

 

5.神様を見失う

2025年12月22日、三男が精神的に不安定になり、私がなだめてる所に主人が来て、ふとしたことで言い争いになってしまいました。主人は「お前たち二人でなんとかしてくれ」「自分は山歩きに行く、今夜は帰らない」と言い残して家を出てしまいました。その時私の中で支えていた何かがくずれ落ち、怒りに任せて突発的に、私も三男を残して離れて住む次男の所に行ってしまいました。後から、主人はその日の夜に家に帰り、三男と話し合いをしたと聞きました。私も3日後家に帰りましたが、このように私は感情のままに行動するという大きな欠点も持つ者でした。その代償は大きく、すっかり神様を見失ない、どう生きるのか、何をしたら良いのか分らず、鬱傾向のある性格もあり、ぽっかりと魂の中に大きな穴があいたように思え、どうしたら良いのか分らなくなっていました。

 

6.人生論で水谷先生に訴える

2月14日、水道橋で行われた人生論セミナーに参加しました。午後の問答で水谷先生に当てられた私は、「信仰が分らなくなった、三男が死にたいと訴えているのにどうしたら良いか分らない」と涙ながらに訴えました。先生からは、「本人に寄り沿い、気持ちを受けとめ、『大丈夫、希望はある』と言ってあげなさい。また、同じような苦しみにあった人と話す機会があるといいね」とおっしゃって頂きました。しかし、召団員で該当する人が思い当たりませんでした。

 

7.恵泉塾への道が開ける

2月21日、それまで恵泉塾と距離を置いていた次男が山守謙先生と話す機会が与えられました。それと同時に、教会との関わりを断っていた三男が山守先生との面談を希望し、自分の苦しみと心境の変化を話すことができました。しかしその時には、B型作業所に行くつもりだが行き詰まったら恵泉塾で、という考えでした。面談の中で、山守先生から群馬か千葉か上田のいずれかの恵泉塾行きを提案され、三男はその場で群馬行きを希望しました。後からそれは水谷先生の指示であったと知りました。丁度その日に水田佳代さん健吾くんがにわとり小屋を造るため、沖縄からわざわざ我孫子に来て下さっており、主人も三男も共に作業し、くぎ打ちのやり方をやさしく教えてくれた佳代さん・おだやかな笑顔の健吾くんに直接交わる事ができたのは、神様の計らいとしか思えませんでした。この事を通して、私の家族がもっていた恵泉塾に対する疑いが少しずつ解消されたのだと思います。

 

8.鬱状態から信仰が回復する

このように、全く思いがけずに、三男が恵泉塾につながる道が示されました。それまでは本人がつながることを拒否していたので私の中ではすっかり諦めており、全く思いがけずに道が開かれた事を深く感謝します。
主人に関して言うと、今までは、私が教会に行くのは良いが自分は行かないと言っていましたが、先日群馬恵泉塾を訪問した際、中農勝見さんから「親が生き方を変えなければダメだ」と諭されてされて、群馬から発信される朝の学びに参加することになり、驚きと感謝でとてもびっくりしています。
三男は3月22日から始まる体験入塾を心待ちにしています。神様が起こして下さった事なので、私も全てを委ねていきます。今回のことは自分で考えた事でもなく、そうしたいと強く思っていた事でもなく、全て神様がなして下さったと信じます。この出来事があり、再び信仰を取り戻すことができたと実感しています。

今までは私の精神状態はフワフワと定まらずに、日も過ぎていくばかりで、グズグズして不安の中にいました。そのような時に、朝の学びで、未だになお家族ともめていることを告白すると、山守先生との問答で「自分を無にして、家族を神様につなげるロバになってほしい」と言われ、目が覚めました。私の信仰の道筋がはっきりとして目標が定まった感じがします。これからは一切をしっかりと神様にゆだねて、自分を出さない無者を目指して信仰生活を送っていきたいと思います。

 

「目が見もせず、耳が聞きもせず、人の心に思い浮かびもしなかったことを

神はご自分を愛する者たちに準備された。」コリント信徒への手紙Ⅰ 2章9節