はじめに
2025年は、惠泉いわき教会にとって激動の年となりました。詩編84編11節に、「あなたの庭で過ごす一日は千日にまさる恵みです」とありますが、毎日毎日の密度が濃くて、ひと月前のことが思い出せない、「1ヵ月で半年分くらいのイベントをやった感じだね!」と笑い合うくらい、忙しい1年でした。「一日が千日」にはまだまだおよびませんが、そこに近づくほどの質と価値のある一日一日を過ごしてきました。
特に大きな出来事としては、木下肇先生が余市惠泉塾の立て直しのために全国旅行を中止され、父親的存在が不在の中、手探りで進んで行くことになったことです。そんな中でもひるむことなく前進し、一人一人が変化、成長しているという事実があります。まだまだレベルアップしなければならない点もありますが、皆、とても前向きにやってくる問題、課題、隣人を引き受け、神に学び、苦しみながらも神から爽やかな解決を与えられ、訓練されるごとに神への信頼と感謝が溢れていっている、という実感があります。間違いなく、私たちは、命ある生き生きとしたクリスチャン、こんな信仰生活があったのかというクリスチャンとして歩むことに希望を感じ、神の仕事に用いていただけることの幸福を皆で噛みしめています。今回は神が惠泉いわき教会に成してくださった神業をお証ししたいと思います。
愛し合えない共同体が愛し合う家庭に
現在は生き生きとして、共同生活の中で皆が充実した日々を過ごしていますが、かつて惠泉いわき教会は愛し合えず、苦しい時代もあったそうです。当時、私はいなかったので実際には見ていませんが、聞いたところによると、些細なことで口論となり、ケンカばかりしていて、教会を閉じなければならない寸前、言わば「風前の灯火」のような状況だったそうです。
そんないわき教会でしたが、転機は当時88歳だったMさんを共同生活に迎え入れたところからでした。お看取りの予定で来られたMさんでしたが、みるみる元気になってベッドから起き上がり、家事やパッチワークを通して共同生活に参加できるようになりました。今では、いわき教会の“和やか空気”を作ってくれる重要な構成メンバーとなっています。そんなところへ、生き悩んでいる若者が来たり、人生のドン底で死ぬほど苦しかった私自身も招かれたりして、元気を回復させていただきました。その後も多くの若者が招かれて元気を回復し、今の生き生きとした教会になりました。私たちは血のつながっていない者がほとんどですし、皆、個性も考え方もバラバラですが、本物の家族のように協力し合って前進しています。
この生活を通しての大きな学びは、次のような点です。
皆、相性の良し悪しも好き嫌いもバラバラで、一見、気が合わず一致していないように見えます。実際、気が合っていないこともありますが。「隣人愛」という共通分母で一致しているため、気が合わないということが全く気になりませんし、問題になりません。その中に神が働かれると、失敗も多いのですが、多くの場合、良い結果を与えられています。
たとえば、伝道集会やクリスマス祝会において、2025年は牧師の木下先生が参加できないという異例の事態となりましたが、木下先生と連絡を取りながら、参加者に何か一つでも持ち帰ってもらえるような会にしよう、と考えて提案し、体験報告を作成したり、動画で説明したり、劇でわかりやすく表現したり、と協力し合って進めました。そして何より祈りを重ね、一人一人が気づいた点を補い合い、心の留まった人に働きかけ、自発的に動きました。そこに神が働かれて、参加された方に感動がプレゼントされたり、信頼関係を結ぶことができたり、と、実りの多い会を持つことができました。こうしてメンバーの一人一人が神業を見、回を追うごとに一つに束ねられていって、今のような教会になっていったのです。
“義務でする”から“自発的にする”へ
これは私自身の証しですが、私は自他共に認める「真面目人間」です。俗に言う「仕事人間」で、やれと言われたことはスピーディーに効率良くやることが得意な方です。しかし、いつも「やらされ仕事」で「やっつけ仕事」でした。「なんでこんな仕事を自分がやらなきゃいけないのか。他の人は何をしているのか」と、不満を抱えながらの日々、とうとう自力の限界がきて、すべてを放棄して逃げ出してしまうような、情けない過去を持つ恥ずかしい人間でした。
そんな私にもたくさんの方の愛と血が流され、神様から新しい命が与えられるということを、このいわき教会で体験させていただきました。放蕩息子が正気になって父の元へ帰っていったように、人生の悔い改めが起こされて、「これからは神のために精いっぱい働くぞ!」と、心新たに新しい人生を再スタートしたのです。
ときにはバテてしまうこともありますが、社会で働きながら、仕事以外の時間は留守を守り、皆のために苦手な料理に挑戦したり、気になる人に連絡をとったり、掃除、洗車、客人を迎える準備をしたり、証言を個人的にまとめるなど、促されるままに自発的に動いていると疲れを知らず、土日も動き続けていけるようになりました。
特に、最近は「隣人愛」に敏感になりました。人の喜びや笑顔のためなら、難しい企画に挑戦したり、恥ずかしいサンタクロースの恰好をしたりしても、充実感に満ちて、「やって良かった!」と思えます。私にとっての救いは、苦しみから解放されたことではなく、愛に生きられるよう、神によってつくり変えていただけたことです。そこにこの上ない幸福を感じます。かつての「やらされ仕事人」は、「言われなくても喜んで自発的にやるヤル気マン」に変えられたのでした。
小さな家庭から世界へ
人生に生き悩み、疲れ果ててしまった若者が、また命を取り戻してゆく、日本キリスト召団、惠泉塾の働き。私自身もほんの2年前までうつ症状と適応障害に苦しみ、うち沈んでいたような者でしたが、スピーディーに心身を回復させていただきました。私だけでなく、若い魂の多くが命を回復し、目覚め、自分のためではなく、新たに「神のための人生」に歩み出しています。
このような人の心を正しくつくり変える働きは、今はまだ小さいかもしれませんが、世界を大きくつくり変えてゆくことに繋がると確信しています。それは今の真っ暗闇の世界に必要であるし、求められている働きだと思います。私たちは自分の幸せなど振り捨てて、この世界を神の喜ばれる光の世界に変えてゆくために用いられたいと願っています。そのためになら捨て駒にもなる。私たち一人一人は自分の十字架を背負い、神から与えられた使命のために命を完全燃焼させ、異なる者が互いに愛し合って一つとなる世界を取り戻すために用いられたい、その一念です。
以前の私にとってのキリスト教は、「自分の心の支え」でしかなかったのですが、今になって気づかされたことは、キリスト教は、「世界をつくり変える宗教」、「闇を光に塗り替える生き方」です。私はそう考えるようになりした。
“今”から時代へ
とある美術館を見学しに行ったときのこと、巨大な年代のフリップボードに目がとまりました。自分の生きてきた時代を、改めて上から客観的に眺めた気分になり、「平々凡々に平和ボケして生きていたように思っていたけど、大きな時代のうねりに無自覚の内に翻弄されていたんだな」と分かり、唖然としました。特に、私自身も渦中にあった3.11東日本大震災やコロナウィルス感染症などは、確かにあの時から時代が変わった、と感じさせられた出来事です。この日から“時代”について考えるようになりました。今まで、「時代を変える」なんてことは歴史上の人物がやったことで、現代ではそういうことはない、自分には縁もゆかりもない、と考えていました。
しかし、神様は水谷幹夫先生に「時代を執り成せ」との使命をお与えになりました。それは私たちの、私の使命でもあると思います。人の心をつくり変え、世界に働きかけてゆく日本キリスト召団の働きは、時代に大きな影響を与えるに違いない。最近は90歳にもなるMさんの車椅子を押しながら、楽しくおしゃべりして散歩をしているだけで、「現代ではかなり珍しい家族の姿なのかも!」と思います。共に仲良く散歩する姿すら、時代に働きかけているのかも知れません。
私たちの家庭(教会)も、「食卓の団欒の笑い声があの教会から聞こえてくる」とか「楽しく合唱している歌声が響いてくる」とか、そんな小さなことがこの近所やこの町、この時代にセンセーショナルな影響をもたらすのでは?と思います。この愛し合う生活を通して、時代に働きかけていく…。
新しい年、私も「時代に働きかけてゆく」という大志を抱いています。具体的には…まだよくわかりませんが、祈っている中で神様が何か任務を与えてくださると思います。あとはその任務を雄々しく引き受けていくだけです。 この記事を読んだあなたも共に、世界を、時代を、つくり変える働きに参加してみませんか!?
惠泉いわき教会 大舘恵三
