2022年3月18日に余市惠泉塾に来た私は、塾生として迎え入れられました。
最初は、福岡の実家から出てここまで来るのが、自分にとって一番きつかったです。余市に着いて、木下肇先生に余市駅まで迎えに来ていただき、これからどうなるんだ?と思うと先が見えず、とても怖くて緊張“MAX”で、惠泉塾に着く前から「帰りたい」と心の中で思っていました。
最初は人が大勢いる「新惠泉庵」で暮らすことになりました。人に会いたくなくて引きこもっていたのに、いきなり知らない人たちと共に暮らすことになり、ますます緊張してつらかったです。でも、ここには敵はいないって、なぜかそういう思いがきて、食卓での会話で少しホッとすることができました。
3月20日、入塾式で「祈りの家」に行くってことになって、人が多くて、みんな黙って前を向いており、だんだんその場にいることがきつくなり、和室に逃げてしまいました。そこへ小野方太郎さんが来て聖書を開いてくれたのに、無視してしまい、今じゃ申し訳ないことをしたと思っています。
2週間ぐらい新庵で暮らして、次は山守謙さんリーダーの「惠泉荘」の小さな家に行くことになりました。また知らない人と暮らすのかと思い、不安がありました。ですが、みんな温かく迎えてくださって、特にHさんの歓迎がとてもうれしかったです。いつも声をかけてくれ、お疲れさんとか、おはようとか、小さいひと言ですけど、心の支えになってくれてうれしかったです。私より重い心の病をもっているのに、それでも私のためにいろいろ思ってくれて、そこで初めて安心して頑張ろう!という思いになりました。本当に感謝だなと思います。
5月ぐらいに再び「新惠泉庵」に戻ることになり、井上誠さんリーダーの生活が始まりました。誠さんには何度も文句を言ったりして、自分が脱走したときにはひたすら追いかけて来られて、最初は苦手な人だなと思ったけど、本音をぶつけていくうちに、今じゃ仲良くなって、相談したり話しもしたり、ふり返れば、めちゃくちゃいい人やんと思って、失礼なことをしたと反省しております。
そして、また部屋替えがあって、「新惠泉庵」で方太郎さんリーダーの男10人の生活が始まりました。最初はどうなるんだろうと思いましたが、意外と毎日が楽しくて、食事づくりも男10人でやるのがとても楽しく、時間はいつもあっという間で、本当に早いと感じた日々でした。
惠泉塾に来て思ったことは、世の中では、弱い人はつぶされて、強い人は輝いているってのがあって、でも、ここでは、弱い人が輝くように、強い人が尽くすってのがいいな、ということです。また、愛し合うってのが、互いに持っている力を出し合って補い合うことだと分かって、聖書に書いてある通りのことを、ここではやっているんだなと思い、感動しました。
自分は読み書きが苦手ですが、補ってくれる人が何人もいました。「塾生の集い」で本を読むのも調べたりするのも、一人じゃ無理だったけど、助けてくれて、これが愛し合うってことなのかと思いました。もともと自分には力があって体もデカイので、その力を使って隣人の荷物を持ったり、この体を生かして何か隣人のために使うってのを、福岡に帰ってからもしようと思っています。
余市惠泉塾の皆さん、特に一緒に暮らした方々、迷惑をかけたり、助けてもらったり、といろいろありましたけど、こんな私を受け入れてくださってありがとうございました。私のために犠牲を払ってくれた方々、本当にありがとうございました。25年生きてきて、こんなに充実した9ヵ月は今までになかったです。北海道の余市で生活させてもらったこと、そして、共同生活をさせていただいたことは本当に有意義で楽しかったです。お世話になりました。またどこかでお会いできる日を楽しみにしています。