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7月 「神と共に歩んだ50年」~ 水谷幹夫信仰生活50周年に寄せて ~

「日本の国民は、その歴史の中で最も暗澹としているときに、世の救い主であるイエス・キリストの救いの恵みと憐れみ深い愛を現実に見ることができました。彼らは、自分たちの破壊された町を、メーベル・フランシスのかたちで、キリストの福音が歩いているのを見たのです。」(『ひとりが千人を追う』より)

メーベル・フランシスは日本伝道に召されて1909年にアメリカから来日し、56年の長きにわたって活動した宣教師。日米開戦となってからも帰国せず、軟禁生活・収容所生活を忍び、戦後の荒廃した国民の心に希望の光を投じ続けた女性である。

「矢島楫子はついにキリストの救いを信ずるようになった。その信仰を育てたのは、実にミセス・ツルーであった。楫子にとってミセス・ツルーは、日々新しい読み物であった。その中から輝きいづる光は、今までに出会った何の光よりも偉大な力をもって楫子に迫った。」(『われ弱ければ~矢島楫子伝~』より)

矢島楫子は日本キリスト教婦人矯風会の創設者で、女子学院初代院長を務めた人物。彼女は宣教師ツルー夫人に出会って初めて、神によって新生した人間という存在が確かにあることを知らされた。楫子にとって、ツルー夫人こそ「生きた聖書」であったという。

メーベル・フランシスもミセス・ツルーも人間でありながら「キリストの福音」「読み物」「光」と呼ばれている。二人とも、新生の奇跡によって神の子となるという聖書の約束を現実のものとした人だ。このような人物の存在を、私たちは書物を通して知ることができる。
ところで今、私たちは水谷幹夫という人物を知っている。その人と同時代を生きている。神の選びの器は、最も暗闇に包まれた時代に生まれてくるという。ノアやアブラハムやモーセやダビデがそうであったように。この時代もまた混沌、混迷の度を深めている。パウロは自分の使命について、エフェソの信徒への手紙3章7節にこう書いている。

「神はその力を働かせて私に恵みを賜り、この福音に仕える者としてくださいました。私はこの恵みにより、キリストの計り知れない富について、異邦人に福音を告げ知らせており、すべてのものをお造りになった神の内に世の初めから隠されていた秘められた計画がどのように実現されるのかを、すべての人々に説き明かしています。」

そのパウロに重なる水谷先生の使命のために、神がこの時代、惠泉塾という人生道場を用意してくださったことを、私たちは知っている。同時代を生き、惠泉塾を舞台として働く神の絶大な力を味わい知ることができた。何という神の愛、想像を絶する神の恵みの豊かさ…。ただ黙して頭を垂れるほかはない。「惠泉塾」を通し、「水谷幹夫」を通して、見えるかたちで「キリストの福音」すなわち「神の秘められた計画」が歩いているのを、私たちは見た。世界中の人たちが、今、現実に見ることができる。神と共に歩む水谷幹夫50年の信仰生活が結んだ「愛の実」を、こんなに豊かに味わわせてくださる私たちの神様に感謝して。(写真は愛媛県松山市ホームページに「松山市特別名誉市民」として紹介されているメーベル・フランシス女史)