札幌召団の第一回祈り会の目的は全員が聖霊に満たされることにある。これにふさわしい標語を主は与えて下さるであろう。聖霊に満たされることを措いてほかにキリストに固着する道はない。内にいますキリストの実感は聖霊体験に依る。集会に通い、聖書を学び、いざ信仰を生活しよう、とする段になると実行が伴わない。この壁を突破する道は聖霊に満たされるより外にない。十字架のキリストの前に本当に砕かれ平伏す体験が必要である。それなしに私共は自己愛から解放されはしない。キリストを信頼して全託する構えになれない。キリストに全託せずして神の聖意は成らず、我が身を通して神の善きわざは発しない。隣人愛も“かけ声”だけに終わるだろう。「信ずる」とはキリストに本気でしがみつくこと、あるがままそのままで、思い切ってキリストのふところに我が身を投げ入れることである。信ずること自体、烈しい内的行為である。「今」という解放の時に、キリストを前にしてたたずむ人であってはならない。聖霊の海に大胆に身を投じよう。思い切って「主様!!」と叫んでみよう。誰はばかる所なき大自然のふところである。
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