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惠泉塾前史~少年の港づくり第一歩

9月20日(土)朝、職員室に電話がかかって来た。月形少年院で作文を教えたT君からだ。会いたい、という。それじゃ、明日午後2時のキリスト教の集会に出ないか、と言うと、OKの返事だ。夜、自宅に電話が来て、友達を連れて行ってもいいか、と言う。いいとも、一緒においで、と言ったら翌日、雨の中を三人でやって来た。一人は中学時代の仲間のY君で建築の壁張りの仕事をしている。もう一人は同僚のF君である。集会は不慣れで窮屈そうだったが、物珍し気だった。集会の途中で我家の息子達が昼寝から起きて、部屋に入るなり、アッという間に慣れ親しんで、お兄ちゃんお兄ちゃんと三人にまつわりついて大変だった。

私はT君が会いに来てくれるのを2年間近く待っていた。私の学校の教え子が時折、「Tって、知ってる?先生によろしくって。会いたいって言ってたヨ。」と伝言してくれたのだ。いつ、直接連絡をくれるか、待っていた。そのうち、去る7月14日付会報に書いたように、主様から「少年の港」づくりの使命を託された。この時、T君の名前が頭に真っ先にひらめいた。あいつが連絡をくれればいいがな、と思った。やっと時が来たのだ。集会後、T君ら三人に私の与えられたビジョンを説明した。「どうだ。やってみないか。」すると、T君は何の異存もなく、やろう、やろう、と言う。彼等は働いているから今は金に不自由していない。体を動かしたい、という。高校生とバスケットやサッカーの試合をしたい、と言う。高校生とキャンプがしたい、と言う。高校の授業風景が見たい、と言う。こんな彼等の望みは、かなえてあげられるだろう。チャンスよ、来たれ。