写真:本人・後列右
2021年12月25日早朝、水谷幹夫先生から、「今日、午前8時に社長室に来てください。大切な話があります」というメールをいただきました。そして、出かけて行った社長室で水谷先生からお聞きした4つの話は、青天の霹靂と言いましょうか、今まで、想像したこともなかったような、驚くようなお話ばかりでした。
①私が川崎惠泉塾の塾頭になり、惠泉塾経営をする、という話。
②惠泉川崎教会が設立され、私がそこの牧師になる、という話。
③夫婦でないと惠泉塾はできないので、私が結婚する必要がある、という話。
④神様が水谷先生に啓示を与えてくださり、それによって結婚相手に林智美さんが指名された、という話。
以上、私にとって、私の人生にとって、全くの想定外であった、そのような話を、土曜日の作業が始まる前、約50分間お聞きしました。そして、4つの話のすべてを50分程の面談の中で、「はい、それで結構です」と答えていました。
そのときを振り返って現在思わされていることは、もし、2021年の1月にこの話を聞いていたとしたら、4つのうちのひとつだけでも、私は思い悩んで即答できなかっただろう、ということです。先取り不安にかられやすい私にとって、これらのお話は、あまりに大きすぎる事件でした。しかし、それを、2021年12月にお聞きしたので、50分程の面談時間の中で、「はい、それで結構です」と受諾できたのではないかと思います。
では、いったい、2021年1月から12月の間に、私の中で何が起こったのでしょうか。改めて考えてみました。
そのとき、主日礼拝メッセージで聴いたヨナ書の内容と自分の姿が重なりました。
ヨナ書1章では、ヨナに、「さあ、大いなる都ニネベに行ってこれに呼びかけよ」との主の言葉が望みます。ヨナは従わず、主から逃れようとして、ニネベとは反対方向のタルシシュに向かいました。2021年1月、主から「さあ、結婚して川崎に行きなさい」と言われたとしても、私はヨナと同じように、従順には従えなかったのではないかと思います。恐らく、自分の納得や理解できるような説明を求めて、一つ一つの話を吟味し、自分にできるか否かを検討しながら、思い悩んだのではないかと思われます。
ヨナ書2章のヨナは、2021年2月から11月までの私と重なります。ヨナは巨大な魚に吞み込まれ、魚の腹の中で主に祈りをささげ、苦難の中から主に助けていただきましたが、私も、2月から11月までの間、ヨナと同じように揺さぶられました。余市惠泉塾の農作業リーダーとしての仕事や、「小さな惠泉塾」での愛し合う生活訓練の中で、神様に触れていただき、御言葉で魂を激しく揺さぶられたのです。そして、神様に完全な悔い改めをさせていただいたのです。
神様にはご計画があり、私は神様によってつくられた人間にすぎず、神様によって生かされているだけの存在なのに、全く主客転倒していたこと、己を神にして生きていたことに気づかされました。10年近く、自分は献身者として神様のために生きてきたと思っていましたが、それは錯覚でした。実は自分を神とし、神を吟味して生きていただけの、神の僕にもふさわしくない、罪人同様の人間だと知らされました。神の光に照らされて気づくことができたのです。こうして私は、聖書の御言葉に激しく迫られる中で、何度も何度も神様に泣いて謝罪し、心の底から悔い改めました。
ヨナ書3章のヨナは、「さあ、大いなる都ニネベに行って、私がお前に語る言葉を告げよ」と言われて、今回は、主のご命令通り、直ちにニネベへと向かうことができました。ちょうどそれと同じように、2021年12月の私も、神様のお言葉にすべて従って「それで結構です」と、すぐ返事をすることができたのです。
2010年から余市惠泉塾でお世話になっている私は、献身者として、自分は神様のために役立つ働きをしているのだと錯覚していましたが、神の目には、自分を神にして生きているだけの存在でした。その大きな間違いに、神様によって気づかせていただき、完全に悔い改めさせていただいたので、今回、自分には理解も納得もできないような想定外のお話に、素直に従うことができたのだと思います。
神様のご計画が最善であると信じることができ、神様の言葉にすぐに従う決断ができたのは、全くの神様の恵みです。自分の力ではないことがよく分かります。人生、神のために生きるようにと強く望んでおられる神御自身がしてくださったことです。
ですから、2021年、自分のための人生から、神のための人生へと方向転換させてくださった神様の恵みに、心から感謝いたします。これから、私自身を神様のご栄光を表わす道具として用いていただき、任務に服させていただきたい、と願います。